研究を行い、論文を執筆、投稿して出版という一連の流れの中で、一番初めに行うことである「研究課題の発案」に際して、過去の関連する論文をしっかりと読み込んでおくことは非常に重要です。今回は、研究実施前に論文を網羅的に調べて読むことについて説明したいと思います。
1.論文チェックは研究前にしよう
研究の目的は、一言で言えば、フロンティアの開拓です。つまり、これまでにわかっていることとまだわかっていないことの境界線を少しずつ広げていく活動なのです。
この、「わかっていることとわかっていないことの境界線」を見定めるのに絶対的に必要な行為があります。
それは、文献の網羅的検索です。
このように文献検索は研究を開始する前に必ず実施することが肝心です。すでに別の研究者や研究グループが発見した事実をなぞるような研究をしてしまうと、せっかく苦労して行った研究結果のインパクトを毀損してしまいます。
二番煎じというのはいつの時代も、どんな領域でも、憂き目を見るものなのです。
ただし、これにも一つだけ例外があります。それは、過去の論文の方法が完全ではなく、よりよい方法で行うことができる、より大きな規模で行える、という見込みが立つときです。
こうした”付け入る隙”を見つけることも文献検索の大きな意義だったりします。
2.膨大な論文から何を選択するのか?
さて、網羅的文献検索が必要であることは既に述べました。
言うのは簡単ですが、実行するのはなかなか難しいものです。文献の検索に当たっては、世界中の論文を検索するのにはPubmedを、日本語の文献を検索するのには医中誌などを活用することが多いと思います。
Pubmedでは、3000万以上の文献・書籍を検索できるため、何を選択するか、そしてどのように検索をするのか、ということが非常に重要な課題になります。
何を選択するか、という部分については前述のように、これから自分が実行しようとしている研究内容についてのフロンティアを知ることがまずは大事です。しかし、実際に研究を実施する上では、これまでにわかっていることの積み上げである、という意識を持つことが大事です。研究の構成要素を文献から引用するのです。
例えば、血圧と予後のことを研究しようとすると、血圧の測定方法、測定のタイミング、これまでによく使われている血圧の基準値、カテゴリー、そして予後であればどのような予後を定義するべきなのか、ということについて詳しく知る必要があります。「予後」と一言で言っても、それは「すべての原因による死亡」なのか、「心血管疾患の発症」なのか、「心血管疾患による死亡」なのか、そもそも「心血管疾患」とはどのように定義すべきなのか、などといったことを決める必要があります。
現実的なリソースからどんな情報を入手できるのか、ということも研究実施可能性(feasibility)を考える上で非常に重要ですので、現実的な研究計画立案段階において可能な曝露因子やアウトカムの定義をリストアップしておくこと、それの根拠となるような論文を調べておくこと、というのが重要です。
3.文献検索
どのように文献を検索するかについてですが、上記のように調べる目的を明確化したら、それにまつわるキーワードを整理しましょう。このとき、①対象となる母集団、②曝露因子、③アウトカムをキーワードとして羅列していくようにしましょう。
血圧と予後をみる、といっても成人と小児なのか、妊産婦なのかで全く異なります。また、住民コホートなのか、疾患コホートなのかも異なる集団を見ることになります。
また、曝露因子も先ほどの例でいえば、収縮期血圧なのか拡張期血圧なのか、平均血圧なのか、脈圧なのか、24時間血圧の変動パターンをみるのかによって異なります。
そして、網羅的に検索するためにはPubmedの中ではMeSH term(注)のみでなく、できるだけ考えられる用語を羅列して入れると拾い上げられる可能性が高まります。(その分不要な論文も一緒に引っかかってきてしまうのでバランスを取るのが難しいのですが…)
注) MeSH(メッシュ)はMedical Subject Headingsの略で、アメリカの国立医学図書館が、索引誌(Index Medicus)の見出し語として60年前に作成し、その後MEDLINEデータベースのシソーラスとして利用されるようになったものです。毎年改訂されています。シソーラスとは、さまざまな医学用語をできるだけ統一して使えるようにまとめられた用語集のことを指します。
4.孫引き
丁寧にPubmedだけを調べていくのを正攻法とするなら、少し裏技的な方法をご紹介します。
関連する重要な論文をじっくり読んで、そこに引用されている文献を孫引きすることもよく行われる論文収集の方法です。
特に読むべきなのはその道の第一人者の書いた総説(review article)や、high impactなジャーナルに掲載された論文のイントロダクションに載っている論文です。
5.まとめの作成
こうして集めた文献をテーマ毎に整理し、それをまとめておくとよいでしょう。このまとめは研究内容のプレゼンテーションややがて作成する論文のイントロダクションにも使うことができます。
また、現在の問題をしっかり把握し、研究のフロンティアを認識しやすくなります。
できればそのときに気になる英語表現を拾い集めてくることをオススメします。そのままコピーしてすべて使う訳にはいきませんが、自然な言い回しがどんなものなのかを学ぶことができますし、英文校正に回す際にも余分な労力をかける必要がなくなります。
現時点でのわかっていることとわかっていないことの境界線を認識し、あなた自身の素晴らしい研究成果につながるようにしていきましょう。